気配を殺した不穏な足音と魔法の気配に目を覚ます。
 足音は何事もなく部の屋前を通り過ぎ、魔法は手にしてあるオリハルコンの武器が弾く。

 続いて、少し離れた部屋から爆音。
 何があったのか、起きて確認しようとしたが、やめた。

 先ほど弾いた魔法は、感触からしてスリープ系に属するもの。恐らくは応用されたものだろう。
 だとすれば、この騒ぎを周りに知られないようにするためのものと考えるのが妥当。
 態々、部屋を出て目を付けられるのは馬鹿馬鹿しい。

 暫くは、様子見か…。

 目を閉じて、部屋の外に耳を傾ける。
 結構、派手にやっているらしく、騒ぎの音は聞き耳を立てるまでもなく聞こえてくる。

 重量感のある足音と叫び声はトロール。
 剣と剣がぶつかる音も聞こえた。
 騒ぎの中には剣士、または傭兵が関わっているな。

 再び魔法の気配。

 途端に騒ぎが収まった。
 何の魔法を使ったのかは知らないが、あれだけの騒ぎを一瞬に収めた。
 相当な使い手だな。

「…五賢者の一人!赤法師レゾ!」

 澄ましていた耳に飛び込んできた名前に、ハッとする。


 なるほど、あの場面か…まったく気づかなかった…。
 まったく…同じ宿に泊まっていたとは…でも、『まだ』だ。
 まだ、出会うわけにはいかない。

 明日は早々に出立しよう。

 そう決めた私は、外の騒ぎを頭の中から追い出し、眠りについた。



 朝霧の中、宿をあとにする私の視界にレゾがいた。
 このまま何もせず、すれ違うこともできる。

 できるが、ここは一つだけ手を加えようと思う。
 出会うつもりはなかった。
 それが出会ったのだから、これくらいはいいだろう。

 レゾとすれ違う瞬間、口を開いた。

「…はじめて見たいと思った光。それは、なんだったんだろうな…」

 驚くレゾの気配を背に私は朝霧の中に消えた。

知らざる先