鈍い衝撃が後頭部を襲う。
 擦れる視界。

 それでも体は、半ば自動的に照準を合わせ、『敵』にトリガーを引く。


 ――――パッン!!


 はっきりしない視界でも、赤が飛び散るのはわかる。
 ぐらりと体が揺らぎ、重心を失った体はゆっくりと倒れる。

「――っ!ペンギン!!」

 微かにあいつの影だとわかるものが視界に映る。
 表情なんて、見えないのに、どんな顔をしているのかわかる。

 なんて顔をしている。
 船長(キャプテン)がそんな顔をするな。

 意識はそこで途切れた。

 目を開けた瞬間、息を呑んだ。
 鼻先三センチの距離に見慣れない女の顔。

 とにかく距離をとろうとして、体の異常に気がついた。

 これは…なんだっ!

 手を持ち上げるという動作をすれば、動くのは手触りのよさそうなヌイグルミの手。
 左右に振っても、変わらない。

 …何が起こった…

 状況がつかめない。
 敵船との戦闘中に怪我を負い、倒れた。
 端的にそこまではわかる。
 逆にそれ以上のことはわからない。

 船長がいたずらをした。
 とも、一瞬考えたが、こんなことはできなかったはずだ。
 …やりかねはするが…

 溜息をついて、目の前の少女を見る。

 ………。

 すやすやと寝息を立てる少女は十七、八と言った感じだ。
 今ある手がかりはこの少女しかない。

 再度溜息をついて、少女を起こすために頬を、その小さくなった柔らかい手で叩いた。


 ――――ぺしぺし


「…ぅん………?」

 眠そうな目を半分ほど開けて、こちらを見た。

 奇妙に思われるとはわかっている。
 だが、俺が戻るための唯一の手がかりだ。
 ジッとその反応を待つ。

「ペンギンさん。動けるようになったんですねぇ…
 でも、今日は休日だからもうちょっと寝かせてね」

 おい、待て!
 それで、すますのか!

 目を閉じた少女の頬を叩く。


   ――――ぺしぺし………


 反応なし…
 三度、叩く。


 ――――…ぺしぺし…


 やはり、反応はない。
 船長を起こすときといい勝負だ…
 根気よく、船長を起こすときと同じように動作を繰り返す。


 ――――ぺしぺしぺしぺしぺしぺし


 三分ほど叩いていれば、やったと少女が起き出す。
 目を擦る動作をしながら体を起こす。

「もうぉ…ペンギンさん…そんなにぺしぺししなくたって…
 しょうがないなぁ」

 …驚かないのか?
 ヌイグルミが動いているんだぞ?

 この奇怪な事態に少女は動じることなく、マイペースに体を伸ばしながら大欠伸をする。

 …図太いのか、鈍いのか………どちらとも似たようなものか。

 やっと目を覚めた顔でこちらに向く。

「ぇっと、おはようございます、ペンギンさん」
「……………」

 ペコリと頭を下げて、朝の挨拶をしてくる。
 ……変な少女だ。

 俺もそれに頷きを返した。

 ベッドから降りる少女を視線…この場合は体ごと向けて追う。
 それが心配そうに見えたのか、大丈夫だと笑みを向けてくる

「着替えて、カーテン開けたら、ご飯にするから、ちょっと待ってて」

 ……ご飯にするから…この体で食べれるとでも思っているのか?
 …っ!ちょっと、待てっ!

 クローゼットから服を出したかと思えば、なんの躊躇もなく寝巻きを脱いでいく。

 下着が見える寸前に背を向ける。
 まったく…何を考えている…
 いや、中身が男だと知らないから当然といえば、当然のことか…

 少女に背を向けたまま、溜息らしきものを一つ付いた。

 カーテンが開く音。
 恐らく、もう着替えは済んでいるんだろう。
 体を正面に戻そうとすれば、ちらりと視界に入ってくるパジャマの影と…っ!
 再び、後ろを向きなおす。

 …俺は…いったい何をやっているんだ…

 己の行動に再び溜息をつこうとすれば、少女から声をかけられる。

「ペンギンさん。どうしたの?」
「………」

 どうしたのと聞かれても答えるすべはない。

 正面を向けば否応なく視界に入るもの。
 それを片付けてもらい。

 …このことをどうやってつれえればいいものか…

 そう考えていれば、突如と体を襲う浮遊感。

「こら、人が話しかけているんだから、ちゃんとこっち向こうよ」
「………」

 少女に抱えられたようだ。
 正面を向かされ、視界に入りそうになるものを視界から外すために顔を…体を逸らす。

「…ペンギンさん」

 トーンが落とされた声。
 仕方なしに、短い手で視界に入りそうな『それ』を差した。
 上手く、『それ』だと分かればいいが…

 しばしの沈黙。

「ペンギンさんって男の子っ!」
「……」

 答えの出し方に少々不安があるものの頷きを返した。

「…す、すぐに片付けるからもうちょっと待っててっ!」

 俺をベッドに戻すと、すさまじいスピードで『それ』を抱えて行った。
 ほんのり頬が赤かったのは見なかったことにしておこう。

 …まったく…俺は…他人の心配よりも己の心配をすべきだというのに…変な少女だ。


私と『ペンギンさん』の不思議な生活