一度ぐらいは入ってみるかと大人しくして、入ってみたが、どうにもこの中は好きになれそうにないな…
 窮屈なわけでも、居心地が悪いわけでもない。
 ただ…風を感じたり、空を見上げたり、そういうことがしたいときに出来ない…というのが原因だろう。

 一先ず、ここから出れるチャンスを待つとしようか。

 やや遠くに聞こえる話し声。
 なんとなくだが、何を言っているのはわかる程度ではある。

 どうやらやっと、出れるらしいな…


「ポケモンなしで出かけるんですか?」
「もう一匹いるにはいるんじゃが…この残りポケモンには、ちと問題があってな…」

 ついさっきまで騒がしいほどに聞こえていた声と同じように幼い、少し高めの、少年の声。

 可愛い子供には旅をさせろってか…

 遠くに聞こえたい声がはっきりしたと思えば、入った時と同じような感覚が訪れ、視界が開ける。

「ピカチュウ…?(外に出れたみたいだな…?)」
「こいつは…」
「電気ねずみポケモンのピカチュウじゃ」

 …未だにちょいとばかり、声には驚くが…ま、こればかりは言っていても仕方がないことだ。
 それにしても…少年…

 軽く伸びをした後、目の前のいる少年を見れば、パジャマ姿。
 苦笑が浮かんでしまうのは仕方が無いことだろう。
 これから一人旅をするにしては、少々心もとない…といった所か。

 パジャマ姿の少年が俺に手を伸ばし、抱きかかえる。

「よろしくな、ピカチュウ」

 さて…どうしたものか。
 …この少年がこれから一人旅か……保護者も無く…
 ……やっぱり、心もとないよな…

 俺を抱きかかえる少年を見返せば、キラキラと真っ直ぐな瞳を輝かせている顔があった。
 その瞳に、顔に、ある顔がふと横切る。



   ―――「俺は――になる男だ!」



 真っ直ぐな瞳…か。

 ……ま、悪くは無いか。
 心もとないもの、俺がいれば多少はなんとかなるだろう。

「ピ、ピカピ、ピ。ピカチュウ。ピカピ。(ま、付き合ってやるさ。頑張れよ、少年。)」

 随分短くなった手で少年の頭を撫でる。
 これから成長するのを楽しみにするさ。

「…おや、サトシには、懐いたようじゃな」
「懐いたっていうか…なんか、俺…子ども扱いされてません?」
「そうかのぉ?…まぁ、なんにしても、パートナーポケモンが決まってよかった、よかった。
 さぁ、出発の準備じゃ!」
「ああぁ!そうだ!シゲルの奴はもう出てるんだった!!俺も急いで行かないと!!」

 少年…サトシが俺を下ろし、隣にいる博士からボールを受け取り、俺に向けてくる。

「さぁ!ピカチュウ!ボールに入るんだ!」
「ピカピ、ピカチュウ(悪い、それは遠慮したい)」

 首を横に振ったが、赤い光がボールから伸び、それを避ける。
 ボールに入らなくても、旅は出来るだろうしな。
 別に入らなくてもいいだろ?

「おい、ピカチュウ!」
「ピ、ピカ、ピカチュウ…(入りたくないといっているんだがなぁ…)」

 伸びる赤い光を避け、サトシの肩に乗り、首を振る。

「うむ。どうやら、ボールに入りたくないみたいじゃな」
「ピカ(その通り)」
「いや!こんなことも出来ないようじゃ最強のトレーナーには慣れない!
 …ほーら、ピカチュウ~怖くないですよ~」

 …嫌がることを強制するのはいいこととは言えないぞ…サトシ。

「ピ(弱十万ボルト)」
「ぐぎゃぁぁっ!!!」

 ここの人間は意外と丈夫だからな。
 これくらいやっても問題はないらしい。

 プスプスと煙を立たせながら倒れるサトシから飛び降り、頬を叩く。

「ピカ、ピカピ?(ほら、出発するんだろ?)」



 前途多難な出発だったか、今じゃ外に出ているのが当たり前になり、そこそこ、安心も出来るようになった。
 ま、猪突猛進的なところは相変わらずだが、そこは若さというのもあるだろうからな。

「ピカチュウ!!」
「…ピ(ボルテッカー)」


 今日もバトル日和だな。

ピカチュウなった風波主

「ねぇ、タケシ…サトシのピカチュウっておかしいわよね…」
「…あぁ、絶対におかしいな…今のサトシのレベルで扱えるポケモンでは到底ないのにな…」